12 デコボコなふたり
病院へ帰ると、病室にはアイダ先生がまっていた。
ぼくらのすがたを見つけると、アイダ・クレストは顔が赤くなった。
やっぱり、ハメット先生が好きなんだ。
ハメット先生はどうすればいいのか、こまっていた。
ランディは助けぶねを出した。
「となりの町まで、買い物へ出かけていたんです」
アイダ先生はランディのほうを見た。
「まあ、そうなの。 かんご婦さんも心配していらしたわ」
やっぱりぼくらの顔しか見ていない。
ハメット先生の顔を、まともに見るのがはずかしいんだ。
「なにを買っていらしたの?」
やっとハメット先生の顔を見た。
「ええと、なんだその」
何にも買ってきてないから、答えようがない。
かわりにランディが答えた。
「歯ブラシとか、タオルだよね、先生」
「うん、そうだった」
「だれもかん病してくれないものだから、ぼくたちと買い物に出かけたんです」
ランディは言った。
するとたちまち、アイダ・クレストの顔は光りかがやいた。
「ああ、ハメット先生。 それだったら、わたしに言ってくださればいいのに。ほかに必要なものはないんですか」
ハメット先生は思い出そうと必死だったけれど、なにも言えないでいた。
くそ、今度はぼくが助けぶねだ。
「病院のごはんはどうしても足りないって言っていたじゃないか、先生」
「ああ、そうだった。でもそんなことまでたのんじゃ」
「いいえ、とんでもないわ。そうよね、わたしも足りないんじゃないかと、心配していたの」
アイダ・クレストの顔が宝石のように輝いた。
「実は今日は、私がお弁当を作ってきました。食べてもらえると嬉しいです」
アイダ先生は、大きなバスケットかごのお弁当箱を差し出した。
ルイス・ハメットは面食らっておどろいていたけれど、すなおにバスケットを受け取った。
「ええ、ありがとうございます。でもこんなことしなくても」
「いえいえ、どういたしまして。私もお昼まだなの。一緒に食べていいかしら?」
アイダ・クレストはベッドの横のイスに座った。ハメット先生はお弁当箱を開けた。中には色とりどりの料理がならんでいた。アイダ・クレストは自慢げに説明した。
「これはチキンカレーです。カレー粉やココナッツミルクで味付けしました。それとサラダ。レタスやトマトやキュウリやチーズが入っています。こちらはオムレツです。卵やベーコンやチーズやパセリで作りました」
彼女はハメット先生におはしを渡した。ハメット先生は感謝の言葉を言って、おはしを持った。アイダ・クレストはハメット先生の反応を見ていた。
ぼくとランディはどうすればいいのかわからず、その場に立っていた。
ハメット先生はまずチキンカレーを口にした。すると、先生の顔が一瞬ゆがんだ。アイダ・クレストは心配して聞いた。
「どうですか、ハメット先生。おいしいですか?」
ハメット先生はあわてて笑った。
「ええ、とてもおいしいですよ。ありがとうございます」
ハメット先生はサラダにおはしを伸ばした。しかし、先生はトマトにふれると、くしゃみをした。彼女はおどろいて聞いた。
「だいじょうぶですか、ハメット先生。熱があるんですか?」
ハメット先生は顔を赤くして首をふった。
「いえいえ、熱はないんです。実はトマトにアレルギーがあって」
アイダ・クレストはショックを受け、悲しい顔になった。
「えっ、トマトにアレルギーですか。それはごめんなさい、知らなかったんです」
ハメット先生はなぐめるように言った。
「いえいえ、気にしないでください。ほかのものはだいじょうぶですから」
ハメット先生はオムレツにフォークをのばした。
「どうですか、ハメット先生。おいしいですか?」
ルイス・ハメットは苦しそうに笑った。
「ええ、とてもおいしいですよ。ありがとうございます」
いや、顔を見るかぎり、あんまりおいしくなさそうだな。
ああ、それにしても、なんというくさい演技だろう。
でも、本人たちはこれでも必死なんだから、ここでほうりだすわけにはいかない。
アイダ先生の気持ちはわかったけど、かんじんのハメット先生の気持ちはどうもわからない。
やっとハメット先生がしゃべりだした。
「じつは先日、わたしのアパートにどろぼうが入りまして、それでこまっていたんです。盗まれたものはないんですが、部屋がめちゃめちゃで、これがもうたいへんなありさまでした」
これじゃ先生どうしの世間話とかわらないじゃないか。
ムードもあったもんじゃない。
ぼくとランディは、じたんだをふんだ。
この二人が結婚できないわけが、ようやくわかってきた。
アイダ・クレストは攻めすぎ。ルイス・ハメットはおくびょうすぎ。
ふたりの共通点は、恋愛経験ゼロ。
とにかくムードというものがぜんぜんない。
「ハメット先生。 今度からアイダ先生にかん病してもらいなよ」
ランディが言った。「ぼくらは宿題でいそがしいからさ」
またこいつはそういうウソをつく。でも今回はナイスなウソだ。
ハメット先生はとまどっていた。
ぼくは帰りぎわに言った。
「とにかくアイダ先生はずっと心配していたんだよ、先生」
これでうまくいかなきゃ、あとは知ったことではない。
ぼくとランディは病室を出て、ろうかを歩いた。
このままより道せず、家へ帰るつもりだった。
すれちがったかんご婦さんが、ぼくらをにらんだ。
はいはい、もうここへは来ませんとも…。
病院は、あんまり好きになれそうにない。
つづく
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